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中山成彬はこれを『立派な戦い』というのか?

2008/09/29 22:08

 

 

ブザマな辞任に追い込まれた中山成彬氏。

 

 

なぜ辞任に追い込まれたかというと、「日本は単一民族」発言、「成田空港反対派はごね得」発言、そして「日教組の強い県は学力テストの点が低い」発言、みな事実に基づかない発言だったからだ。

 

事実に基づかない発言を、フツーの人は『デマ』という。麻生内閣の国土交通大臣が、ウソ、デマをいって、5日で辞めた。

 

 

橋下大阪府知事は、この中山発言を「事実かどうかは知らないが本質を突いている」と弁護したそうだが、ついに日本のウヨク政治家は、「事実に基づかない」「事実に反した」ところの「本質」とやらにしがみついてる姿を赤裸々にした。

 

 

中山成彬にはこんな発言もある。

 

南京事件と言われるものは通常の戦争であると。それ以上でも、それ以下でもないと。30万人の大虐殺とか婦女子に対する暴行とか、そんなことは全くなかったんだと。日本の軍隊、軍人は立派な戦いをしたんだと

 

 

4月、ドキュメンタリー映画「靖国」の上映中止が相次ぐ中、旧日本軍による南京大虐殺は“ねつ造”だったとする映画の国会議員向け試写会が行われた。国会内の衆議院の講堂で開かれた試写会には、自民党民主党の保守系議員16人が参加した。

 

「私も前からいろいろ調べていましたから、それをちゃんと忠実に映画にしてたなという感想を持ちました」(平沼赳夫 衆院議員)

 

会場には、ドキュメンタリー映画「靖国」の事前上映を求めた稲田朋美衆院議員の姿もあった。

 

上記の発言は、試写会の呼びかけ人をつとめた中山成彬の発言である。

 

 

 

これもまたウヨク政治家に憑き物の虚言癖の一つだ。南京における日本軍の不祥事、それは当時の陸軍上層部の悩みの種となった事実であることは確かにもかかわらず、ウヨク政治家はウソでも百万回繰り返せば「真実」になる思い込んでいる。

 

 

最近、

南京における日本軍による虐殺を証拠立てる写真発掘が2件もあった。

 

1つは、読者秘蔵写真の発見を伝える2008年9月14日の朝日新聞特集記事によってだ。


東中野修道亜細亜大学教授らが「合成写真」だと決め付けていた生き埋め現場の写真(1)が、真実の写真であることがわかった。同じ現場の別角度の写真(2)の発見により、「合成説」はもろくも崩れ去ったのである。

 

写真(1)

写真(1)

 

写真(2)

 

 

 

中山成彬は、このような有様をも日本の軍隊、軍人の立派な戦いというのだろうか?

 

 

 

もう一つの写真発掘は、 上海派遣軍直轄の野戦重砲兵第15連隊の上等兵が写した、虐殺現場の写真三枚である。日時場所は、1937年12月14日、場所は南京城外。

 

岩波新書「南京事件」を執筆した笠原十九司教授が発表した。

 

写真(4)

解説したメモ書きには、「首を切り落として刀をみているもの」「南京落城後、南京城外、日本兵の名は特定できず。運転手の小池上等兵撮影、首の肉は肩にメリ込むものである」とある。 

 

 

写真(5)

写真(6)

写真(5)と写真(6)この二枚の写真は、「城壁の隅に多数押し込めて鉄条網を張り機関銃で射殺した」現場の写真である。

 

写真5は、虐殺直後の場面と思われ、周囲に日本兵が立っている。殺害されたのは軍服と坊主頭から捕虜と思われ、後ろ手に縛られたままである。

 

写真6は、写真5とは違う場所で、城壁の隅で集団虐殺された現場である。鉄条網もすでに切断されており、死体のようすからも虐殺されてから少し時間が経過しているようである。死体はやはり後ろ手に縛れている。

 

 

 

南京虐殺の証拠は、日本軍が残した記録の中から発掘されているのである。

 

中山成彬氏はこうした新証拠に接してもなお、日本の軍隊、軍人の立派な戦いの証(あかし)とでも、言い募るのだろうか?

 

 

「愛国」どころか「亡国」だ。戦争に対する「反省」を「反日」と侮蔑して済ます政治家に、ろくな奴はいない。

 

 

 

 

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 指定なし

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